TAKAKO★マッドネスの何がアカンのよ

ぶっちゃけ、twitterで長文書くのめんどい。

短編「消えた新人声優」

2016年12月24日、秋葉原のイベント会場でとあるアニメーションの製作記者会見が行われた。
その席で司会者が「主演の●●さん」、ここでは名前を伏せるが、そうコールすると会場から「いるかー?」「本人かー?」と言う声が飛んできた。●●は「いますよー」と苦笑いして応対していた。

話は2015年12月23日にまでさかのぼる。当日、やはり新作パチスロの製作発表会が午前中に執り行われていたのだが、その席で中堅の女性声優がこう漏らしたのだ。

「実を言うと先月から後輩の●●ちゃんと連絡が取れないんです。元気にしていれば良いのですが、もしも何か事件に巻き込まれたりしていたら……」

これがネットの生放送でも配信されていたからさあ大変。Twitterでは阿鼻叫喚、トレンドには●●の名前が残り続ける。おまけにアフィブログが煽る記事を書いたものだから更に情報が錯綜。駆け落ちしたのか、誘拐されたか病気なのか、まさか自殺か他殺では?真実はどこにあるのか、事務所でさえも掴めない。先月からオーディションに参加してない、電話も出ない、バイト先に連絡しても、その当りからシフトに入っていない、自宅の呼び鈴は虚しく響き渡る。その間●●が出演していたライトノベル原作のアニメが好評で二期の製作が決まったものの●●がいないものだから製作が進まない、だもんでラノベの原作者がTwitterで「アニメの製作って大変なんですねえ」と意味深なツイートをしていた。事務所が混乱を恐れ水面下で捜索していたのだがとうとう先の中堅声優が我慢出来ずに洩らしてしまったからさあ大変、●●は海外でも有名、台湾と韓国のサブカルメディアも●●の失踪を大々的に報じた。二十代の娘さんが失踪したとなったら一般メディアも黙っちゃいない、その日の昼のワイドショーでとうとう●●の失踪が取り上げられた、●●の出演した深夜アニメの映像も全国に流れた、コメンテーターは知った風な口で憂いた。

実際●●はどうしていたかというと、先月辺りから浜松の実家の餃子屋に帰って店の手伝いをしていた。何でも、舞台で共演したベテランの声優兼俳優にそれはそれは厳しい指導をされ、千秋楽の頃にはすっかり意気消沈して誰にも言わず郷土へ帰っていたのだ。浜松、そう静岡の浜松である。俗にアニメ不毛地帯とも言われる静岡県で、そこそこ知名度のあるアニメ声優が店番してても誰にも気付かれない、ある客から「倅の嫁に欲しいねえ」と言われたり、そもそも●●はライターを目指して上京したがそこで声優としてスカウトされた訳で、それを両親に報告していなかった、父もかつてパティシエを目指して名古屋へ出たが挫折して餃子屋を継いだ経緯があるから娘に対しても「そんなものだろう」と気にもとめなかった。そんな経緯があったから事務所も●●の居場所を突き止められなかったのだ。

それでもワイドショーは全国放送、昼間、テレビで報道された●●の失踪。母親もまさか自分の娘が声優やってて、その上そこそこ知名度があって、おまけに何故だか今、失踪している事になっているからさあびっくり、餃子を包む手が止まると言うもの。
何より●●本人が一番びっくりした模様。実兄とその嫁(妊娠中)の買い物の付き添いでショッピングモールにいたら、家電売り場のテレビに一斉に自分の顔がデカデカと映りおまけに失踪したと報じられてそこへ母親から「どういうことなの」と電話がかかり一目散に帰宅。

急遽暖簾をしまって開かれる両親、兄、兄嫁、●●本人五人による緊急家族会議。●●は今までの事、帰ってきた本当の理由、その全てを話した。母は「子供じゃないんだから世間に迷惑かけちゃ駄目」とたしなめた。父は何も言わず店の人気メニュー兼●●の大好物「章姫の練乳掛け」を出した。「今何か言っても聞けるまい、食え」と静かに言った。

翌日、聖なる日の東京駅は日帰り旅行のカップルや家族連れでごった返しているなかで、●●とその母親が店の冷凍餃子を手土産に浜松から新幹線で降り立った。そこから総武線で水道橋の雑居ビル、所属事務所のオートロックを押した。
事務所では阿鼻叫喚、問い合わせの電話やメールはひっきりなし、所属声優同士が口論になるし、とうとう誰かがクリスマスパーティーに用意していたシャンパンを自棄酒、自らも人気声優である社長は騒動の終息をぐったりしながら祈っていた。
そこへやって来た●●本人とその母親。事務所にとってはとんだサプライズプレゼント。かくして●●の無事がネットのニュースで報道され、事態は終息へ向かった、これが、事の顛末である。

その後●●は事務所から一ヶ月のボランティアを命じられた後本格的に仕事復帰。良くも悪くも知名度を得た彼女は一躍人気声優となったのである。
余談だが、●●に厳しく指導したベテラン声優の所属事務所は、社長、と言うかそのベテラン声優の息子だが、その人が騒動の責任を感じたと言うことで、翌年毎年恒例の事務所による新年の飲み会を自粛する事と相成った。ベテラン声優は「●●ちゃん俺が悪かったからせめて酒ぐらいは飲ませて」と愚痴をこぼしていた。